青森の味噌・醤油
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野坂味噌醤油店
 北前船の湊、野辺地で七代続く醸造元

 近世から明治初期にかけての野辺地は北前船の湊でした。その主要な積み出しの荷が大豆でした。南部藩の御用大豆として京大坂で売られたからです。このために明治初期、野辺地の街には味噌醤油の醸造元が7軒りました。ヤマサン野坂家は今も残る2軒の醸造蔵のひとつです。

商品ラインナップ

 ヤマサンはヤマイチの分家で、その先祖は福井から来たと言われています。初代・野坂常吉氏が蔵を興したのは、明治10(1877)年。野辺地湊の商人らしく、創業当時は味噌や醤油ばかりでなく、大豆・小豆・黒豆・昆布・身欠き鰊を越前や大坂方面へ商っていたようです。いずれも南部や下北の産品として名が通っていたものでした。明治20(1887)年ごろからは、これは北海道開拓に伴う需要に対応、次第に函館・松前・江差・小樽など北海道方面への味噌醤油販売に比重を移していきました。

 戦後は、大手のメーカーに押されて海を越えての取引はなくなりました。二代前から味噌造りはやめ、醤油醸造に絞り込んでいます。野辺地とその近在である東北町や横浜町には、亀甲常の醤油でなければという顧客も多くいらっしゃいます。平成10(1998)年、創業以来の蔵の痛みが激しく解体しました。前より工場は小さくなりましたが、研究を重ねながら新しい商品開発と顧客の開拓に励んでおります。

 社長のこだわり

醤油も鮮度が大切、大量生産はしません

 この辺からね、七戸・東北・横浜にかけては、塩分の少ない甘口の醤油を好むんですよ。昔の北前船の影響ですかね。だから、うちの醤油じゃないと、と言ってくれるお客さんも結構いるんですよ。うちのような小さな工場は、スーパーの安売りには勝てませんから。美味しい醤油を造り、味を見てもらって売るしかない。いいものを造ることでお客さんを少しづつ掴んでいこう、と。

社長顔写真

 たとえば原料もね、いちばん大切なのは水。水は風土が育むものだから。水が違えば醤油の味も、まるで別物。夏は硬水だと鉄分で色が黒くなりすぎるから、軟水で仕込むます。逆に、冬は硬水のほうが旨味が高い。井戸水を汲んで運んでいます。

 それから、桶(こが)。どうしても冷ますためには木の樽でないと、うまくない。ようするに手ですよ。手で造ること、それがいちばんじゃないかな。夢はね、いまは新式醸造だけど、全部手づくりで、本醸造の醤油を仕込むようになること。目指すところは、それですね。

 もうひとつ、大手に押されて醤油は頭打ちだから、小さな蔵が売り出せるものをと考えて、万能つゆを開発しました。本当は、家庭用と料理人用と、二種類あればいいんだけど、小さな工場で無駄は作れないから、味のバランスを考えて、どちらでもいけるものを拵えました。これは自信を持っています。

一押し商品

手づくり つゆ

 3年かけて研究を重ね、万人に好まれる味のバランスを追求しました。出汁は鰹節・鯖節・煮干・昆布などですが、煮干は頭と内臓を取り除き、昆布は日高昆布を使うなど、手間もかけ材料を吟味しています。防腐剤は使わず、添加物は酸化防止剤として微量のビタミンとアルコールを加えるのみと、極力抑えました。“手づくり”にこだわり、大手メーカーのつゆには絶対負けません。

会社概要
住 所〒039-3131 上北郡野辺地町字野辺地38-2
電 話0175-64-2437
創 業明治10年
代表者野坂 常一
主な製品醤油・万能つゆ
屋 号ヤマサン
商 標亀甲常 (キッコーツネ)
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